人間生きていると、良いこと、悪いことそれぞれある。

特に悪いことが起きた時は、なんでこんなことが起きてしまったんだろう。自分の何が原因だったのかと考えてしまうこともある。

悪いことが起きたその時は、激しい後悔や自責の念に駆られてしまうかもしれない。だけれども、時間が過ぎて、後になって振り返ってみると、あの経験があったからこそ成長することができた。あの経験があったからこそ、今幸せに生きることができている。と思うことが多々ある。

つまり、悪いことは、その”時”ばかりは、悪いことに感じるかもしれないが、それが、自分の長い人生において、本当の意味で悪い出来事かは誰にもわからないということだ。

悪いことが起きたとしても、これはきっと将来良くなるためのステップだと思うことができれば、自分の人生を肯定的に捉えることができる。

例えば、人事異動で厳しいと話題の上司に当たったとする。異動する前は、散々周りの人に、かわいそう、終わっただの言われると思う。実際、異動して、その上司の元で働く時間はきついことの方が多いかもしれない。しかし、数年後、その上司の元を去る時には、他のぬるま湯で育成されてきた同僚と違いかなり成長している。

その結果、仕事もこれまで以上に楽になるだろう。そして、成果も上げることができ、仕事が楽しくなる。結果が伴うので、昇進もするだろう。

結果、将来の自分は、その上司の元で歯を食いしばって頑張ってきた過去の自分に感謝することになる。

人事異動が分かった時は、絶望するかもしれない。だけど、これは私にとって必要なステップだ。このステップのおかげで成長ができる。と肯定的に捉えることが大切だと思う。

長い人生の中で、これは悪いこと、これは良いこと、と常にレッテルを貼り続けることは愚かなことだ。人生は断片的なものではなく、川の流れのように流れていくものだから。いかなる人も、どんな結果になるかなんてものはわからない。

レッテルを貼ることをやめる。いや、諦める。人生の流れに身を任せる。これはだめ、あれは良いと常に決めつけることをやめる。その時々で求められることに集中して全力を尽くす。

そんな生き方ができれば、過去の後悔や、未来への心配、絶え間なく続く良い悪いレッテル貼りから解放されて、より軽やかに人生を歩んでいくことができるのではないか。

頭の中では、過去や未来へと思考を巡らすことができる。だけれども、この自分の人生は「今」この瞬間しか存在しない。

つまり「今」やっていることに全力を尽くすこと以外にやれることはない。過去や未来を考えることは、頭の中で思考をこねくり回しているだけで、「今」を生きてはいない。「今」を生きることができなければ、人生において充実感を味わうことなんてできっこない。思考を続け、「今」を疎かすること。それは、思考の中という仮想現実の中で生きることになる。仮想現実の中で、達成感なんて味わうことなんてできない。ゲーム内でお金持ちになるのと同じである。

僕たちは「今」に存在している。だからこそ、「今」という時間をもっと大切にしなければならない。思考の中から出よう。そして「今」に在ろう。